日本语会话の教科书に対する现状及び短所の先行研究の课题
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日本唐话资料研究现状述评作者:李夫平来源:《辞书研究》2020年第03期摘要日本的唐话资料研究历史已有半個多世纪,且依然活跃。
目前看来,对日本唐话资料研究现状及其特征的整体介绍尚有不足。
因此,这是一个具有尝试必要性的课题。
通过概述日本在唐话资料的收集整理研究、语言研究及代表性研究者的研究现状等方面的内容,我们可以看到日本唐话资料研究在文献开发的广度、研究方法多样化、语料基础性研究的细致程度等方面成果丰富,特色明显。
不过,日本方面仍存在一些问题,如研究热点集中,不少研究领域尚待拓展等。
厘清这些问题或许可以为我们今后开展中日唐话资料研究现状的比较工作,提供一些参考或启示。
关键词唐话资料日本现状成果领域问题启示一、前言开展唐话教育的日本江户时期作为日本汉语教育史上两个最具代表性的时期之一[1],其相关研究在中国和日本都早有开展。
正如张西平(2009)在论述“国别汉语教育史”的研究对象与方法时所指出的,“对各国汉语教育的历史、人物、教材和研究著作作系统的研究是世界汉语教育史的重要和基本的研究内容”,各国、各时期的汉语教材等资料是汉语及汉语教育相关研究的重要材料。
日本唐话研究也是如此。
目前,中日两国从发掘整理、编撰考证、内容分析、文献对比等多角度进行了唐话资料的研究,而厘清中日两国唐话资料的研究状况及其在成果上的具体差异,更有助于我们拓展和深化汉语及国别教育研究。
关于日本唐话资料研究的整体状况,我们可以从冈田袈裟男(2005)这一较早的研究中有所窥探。
从事日语与汉语交流研究的学者虽不多,但是成果却不少。
作为先行研究,在1945年之前,青木正儿、中山久四郎、石崎又造等专家在“唐话学”方面取得了诸多研究成果,石崎又造贡献尤多。
第二次世界大战结束后,关于“唐话学”的研究成果虽然不多,但20世纪50年代,鸟居久靖在天理大学图书馆详细研究了一些唐话词典,60年代又有长泽规矩(笔者按:长泽规矩也)编刊了《唐话词汇类集》(笔者按:《唐话辞书类集》)20卷。
言語の対照研究摘要:日本と中国とは一衣帯水の国ではあるが、日本語と中国語とでは語族の異なる言語である。
語族が異なるゆえに、対照研究は非常に難いといえる。
簡単な例を挙げて見ると、日本語の「ている」と中国語の「着」について、同じ状態を表すが、日本語では「待っている」「死んでいる」はいずれも自然な表現であるが,中国語では“等着 dengzhe”とは言えても,“死着 sizhe”とはまず言えない。
しかし、こう云う対照を通して、日本語をよりよく知ることができ、ずいぶん言語勉強に役立つと思う。
关键词:人称;対象;対照中图分类号:h36 文献标识码:a 文章编号:1005-5312(2012)30-0100-01言語の対照研究の意義といえば、二つの言語の間にある様々な異同を対照することを通じて、学習の目的語をより正確に知ることができると考えられる。
われわれ日本語学習者にとっては、中国語と比べながら、目的語である日本語を勉強するのがよい方法ではないかと思う。
対象研究の内容と目的などについて、すでに言語学の授業で具体的に紹介した。
ここでは、その内容の一部をとりあげ、特に興味を持っている文法範囲に属する人称について話したいと思う。
普通、言語との関わりのあるすべての分野がその研究の対象として考えられる。
具体的には、音声?音韻;文法;表現;文字?語彙;言語行動という六つの項目に分けられる。
人称はこのなかの文法の形態論範囲に属する。
人称とは、話し手、聞き手、話題となるものなどの文法的な区別ということである。
話し手を一人称、聞き手を二人称、話題になるものを三人称という。
世界諸言語で、多くの言語で人称を文法的に表示するが、人称を必ずしも表示しない言語もある。
人称を必ずしも表示しない言語は日本語、朝鮮語、インドネシア語など東洋の言語が多いと言われる。
これに対し、一般に言えば、ヨーロッパの言語では人称を明示する。
人称の表示法は言語によって異なる。
この矛盾を緩和させるため、私たちの識字教育の中で採用したも最低限の保証は上限の層別教育戦略、すなわち教材規定要求を達成する四会」の字も最低限の保証を実行し、殘りの字は実際に学生による一時要求を下げる、「一会」、「二会」、「三」……、識字多くの学生を表彰する、奨励、識字の学生が励まし、支えて同じ多くの字の過程の中で、私達が堅持するのは以下のいくつかの原則:一は重さが認めて読んで、意味をあまり詮索しない陶淵明「五柳さん』で紹介彼の読書方法:“良い読書、意味をあまり詮索しない毎回会意、喜んで忘れて食「この中」何「は」「すぎ、過分の義大体わかれば満足は求めないひどい解釈、重箱の隅を「大体わかれば満足」に識字教育、つまりは課外が識の字だけを知って、要求、読み取り字音に至っては、意味さえすれば、一定の言語環境に初歩的な理解でき、必要がないと解釈意味書き取り2は興味を育成して、自然の成り行きに任せる趣味は一番いい先生学生は漢字に濃厚な興味を生んで、字が読めるようになったのが楽しみ実験では、児童から実際から出発して、彼らを歓迎する、積極的に参与し、積極的に投入した方法は誘導識字趣味など、交流自分識字のエピソード、当てて他人はどう記あなたが知っている字など、識字と生活フック、ゲームとリンクする、と趣味をリンクする、自然に気軽に、識字促進を通じて学生を全面的に素質の発展三は圧指標は、忘れさせて「四会認識」以外の字、規定の統一ののっぴきならない任務、要求するより求めないので書き取り、これらの字は読み書き中に会い、使いすぎて、将来彼らの自然を書く(4)読み書きに書いて识读識字、統合の道システム論は「全体の機能をはるかに超えて各一部機能の総和「小学校の国語教育自体は有機的な全体の、それはテキスト文編の教育、日本語の訓練、観察、思惟、想像と非知力の要素の育成読み書き識字と密接につながっている、相互促進、読み書きに立って識字、高いレベルの認識は低い段実現国語教育の全体的な目標は、人材を育成する素質の面での重要な役割、結合年段階特徴をうまく処理して识读書いた関係は、全体の機能学生の心理の発展の法則から見て、読み書きに識字、学生を利用しやすい言語環境を示唆、漢字音形義の間の連絡、いつの間にかの中で意識した文字は、また認識したもの、発展してきた言葉や思考、読み書きに拡大した識字、読み書き容量で、新字繰り返し運用にを強固に増加し、発展を読み書き識字、識字育成読解力を高め、作文レベルは、石三烏読む童話のストーリ、童謡、なぞなぞ、漢詩は学生が一番好きな書籍は、子供の心理の特徴によって、先生が自然に、チャンスを逃がさない学生を組織閲読課外の本を読んで、学生に識字、識字で読む読むばかりでなく固めたが認識の字が増えたのは、知識を育成しました、読解力、そしてたくさん読みの過程の中で、学生は多くの漢字を知ったこの読字は、ピンイン、辞書を頼りに連絡するほか、文脈によって、字形の連絡したり、「当て」もたいへん役立った書く書くから低学年の主要組詞、文を作って、絵を書いたら、日記や簡単な読書メモなどを始めすべて終わって本文を教えて、目的地の要求を学生用新字組詞、文を作って、甚だしきに至っては用で新字、新語は1段の話、の上で書いて導くなら、先に言って書いて、書く結合書くから図を見ると指導を観察し始めて、時間、場所によって、人物、事の4要素話をはっきり言って、一貫して、そして指導発展多彩な想像をより具体的に書くと内容日記を書く学生教学要求は週囲のこと、やった、見た、聞いた……生活日記を書いて、学生を育成して観察して、週囲の能力をで読むの過程の中で、学生を奨励するためを読んで出会った言葉、良い文、段の抜粋を熟読して暗唱できる。
(8)の課題研究組織機構と人員の分業
課題チームメンバーがどう役割分担に計画の中に、課題確定の組長、副組長、課題チームのメンバーや、分業。
課題チームは本プロジェクトの責任者。
課題チームは、三つの面での人、1は、権力の士は、2
識の士は、三は有誌。
権がある課題がもっと支持され、有識課題の品質、レベルがより
高誌があるが、苦労を恐れず、地道にやる。
課題チームの分業は明らかにしなければならない合理的で、すべての人に自分を知る
仕事と責任。
もちろん分業の基礎の上で、注意して全員の協力、みんな共同研究、共通の検討、
克服研究過程における様々な困難や問題。
同時に、注意課題グループメンバーの全体素質とレベルの、特に
課題担当者のレベル。
もし課題チームのメンバーと担当者は理論は経験がない、この課題はできない
上手にできない、承認して立案。
(9)の課題研究の必要経費と設備の条件
どんな研究が必要な研究費や設備の条件、教育研究も例外ではない。
課題研究に価値のある資料、
もし試験問題と問題などに関するアンケート研究仕事と材料、経費予算及び設備の条件のため、清を書かなければならない。
しかし実
いちおうしないこと、、落書き乱、管理監督を強化し、使用。
河北放送大学
卒業する設計(論文、作業)審査表
浅议行政契約の性質
教え育てる姓名王炳文層度開放本科。
日语会话现状的调查与教学对策研究作者:荆艳鹤来源:《大东方》2017年第06期摘要:日语会话是本科日语专业的必修课之一,主要目的是提高学生的口语交流能力,即重点在于培养和提高学生“说”日语的能力。
但是,目前学生的日语会话能力普遍低下,本文通过问卷调查,了解河南师范大学新联学院日语专业学生对日语会话的认识,分析原因,研究教学对策,改进教学方法,为提高日语会话教学效果提供参考。
关键词:日语会话问卷调查教学方法日语会话是本科日语专业的必修课之一,日语会话教学主要目的是提高学生的口语交流能力,即重点在于培养和提高学生“说”日语的能力。
会话是语言交际功能的主要体现形式,运用日语进行口头交流,将课堂所学运用到实际当中,实现日语交际性的目的。
由于会话课课文内容丰富而趣味性强,包括日语词汇、语法、句型、会话练习等,日语教学中,听、说、读、写、译是密不可分的几个方面,所以通过学习日语口语课程,同时可以了解日本的社会,自然,文化,历史,文学等知识,帮助学生拓宽知识面,增强综合运用日语的能力,在听说读写译几方面得到全面发展。
但是,目前学生的日语会话能力普遍低下,究其原因大致有两方面:教师的教学方面和学生的学习方面的原因。
日语会话教学也只有在充分了解学生学习需求的基础上,才有可能有效实施。
本文通过问卷调查,了解河南师范大学新联学院日语专业学生对日语会话的认识,分析原因,研究教学对策,改进教学方法,为提高日语会话教学效果提供参考。
一、调查项目的设计我们的调查目的是考察学生对听说读写译五项技能的认识和想法。
问卷的项目如下所示。
A. 聞く、B. 話す、C. 読む、D. 書く、E. 訳すの技能について。
(对于听、说、读、写、译五项技能)1、上のA~Eのなかで、あなたが好きなものは何ですか。
順番に書いてください。
(在上面的A~E中,你喜欢的是什么,按照顺序填写在下面的括号中。
)①. ()②. ()③. ()④. ()⑤. ()2、上のA~Eのなかで、あなたが得意なものは何ですか。
本科毕业论文开题报告论文题目日本語の性差に関する考察——会話を中心として学生姓名专业班级学号题目类型□理论研究型□应用型⒈课题研究意义及国内外研究现状日本語は性別によって言葉が違うという特徴が著しい言語であるといわれる。
その異なることは男性ことばと女性ことばの使い分けに集中的に表わされる。
日本語を勉強しているうちに、日本語におけるこの性差を持っていることに気がついた。
こういう男女ことばに大きな興味を持っている。
それに、私たち日本語を学んでいる者にとって、男女ことばを習っても、生活や職場などの複雑な会話の場合ではあまりうまく使えないだろう。
だから、本課題は日本語における性差について、テレビドラマに会話を中心として詳しく考察するつもりである。
中国にも、とくに日本にも日本語における性差についての研究が尐なくないが、ほとんどは日本語における男女ことばの特徴や表現形式をめぐるものである。
そして、テレビドラマというような劇作品に具体的な場合における男女ことば遣いの使用状況について、研究が尐ない。
しかし、テレビドラマにおける男女ことばは、どんな使用状況であるか、どんな変化があるか、現実と比べると、どんな異同点があるか。
本課題はこれをめぐって、異なる時代に放送されていたテレビドラマを対象として、調査を行い、比較し、日本語における性差を考察してみたい。
⒉课题研究的主要内容、预期目标和研究方案本課題は日本語における性差について、テレビドラマに会話を中心として、20世紀後期と21世紀に放送されていたテレビドラマを調査対象として、日本語の性差の現状、変化と動向及びその裏に日本の社会背景や日本人の思想を考察するつもりである。
まず、異なる時代のドラマに人称代名詞、呼称の使用、文末表現について、時代別、場面別、年齢別などのいくつかの項目に分ける調査を行う。
その結果により、人称代名詞、呼称の使用、文末表現などの使用状況が分析、比較し、日本語における性差の現状が判明するつもりである。
目次0はじめに (2)1日本語における人称詞 (4)1.1名称の定義 (4)1.2日本語の人称詞が持つ待遇的役割 (6)1.3女性語と男性語 (8)2人称詞の待遇価値の変化 (13)2.1歴史的観点から見る「敬意漸減」の現象 (13)2.2男性自称詞の待遇階級の崩壊 (14)2.2.1「ぼく」から「おれ」への変化 (17)2.2.2「ぼく」と「おれ」の丁寧体率 (20)2.2.3「ぼく」と「きみ」、「おれ」と「おまえ」の対使用 (23)2.3「あなた」の待遇価値の変化 (26)3人称詞と複数形の接尾辞 (30)3.1各複数形接尾辞の比較 (30)3.2「たち」と「ら」の使い分け (31)3.3人称詞に付く「たち」と「ら」 (36)4おわりに (40)0 はじめに日本語の人称詞は西欧の諸言語とは違う特徴を持っている。
そして、この人称詞は古い日本語の歴史の中で、いろいろな変遷を重ね続けてきた。
もちろんその変化は未だに続いている。
このような歴史的観点のみならず、いわゆる「現代日本語」といわれる、今現在我々が使用している日本語の範疇内でも、人称詞の変化ははっきり見えてくる。
ここでは、このような日本語人称詞の変化の様相を、歴史的、巨視的な観点よりは、現代日本語に基づいての「社会言語学的」な視点から、改めて考察していきたいと思う。
一言で社会言語学的とはいっても、その研究領域は様々である。
それでは、ここで、この「社会言語学的」という語の意味について、少し具体的に触れておく必要があるだろう。
社会言語学は、社会の中で生きる人間、ないしその集団とのかかわりにおいて各言語現象あるいは言語運用をとらえようとする学問である。
コードとしての言語の存在を承認しないわけではないが、その分析・整序だけでは、ことばの研究としては不十分だと社会言語学者たちは考える。
言語現実をそのまま認め、理論言語学者たちが切り捨てたものを前向きに取り入れていこうとするのが社会言語学の立場なのである。
中级日语学习者的使用语气词「ね」的特征[要旨]本稿では、中国語を母語とする日本語学習者を対象として、中級学習者の「ね」のインタビュー形式の会話における使用上の特徴を観察し、日本語教科書のあり方を含む教育での有効的な扱い方を検討するうえで役に立つことを目指す。
[キーワード]中級日本語学習者;おける;「ね」1. はじめに日本語の会話において、終助詞がなかったり、間違って使ったり、過剰に使ったりするとどこか不自然に感じられる。
多様な機能を持つ「ね」については、教育上十分な説明がなされておらず、中?上級になっても自由に、正確に使えない学習者が多く見られる。
本稿では、中国語を母語とする日本語学習者を対象として、中級学習者の「ね」のインタビュー形式の会話における使用上の特徴を観察し、日本語教科書のあり方を含む教育での有効的な扱い方を検討するうえで役に立つことを目指す。
KYコーパスのデータを使い、中国語を母語とする中級学習者の「ね」の使用特徴を考察する。
各機能別に中間言語の特徴をまとめる。
2. 「ね」についての先行研究及び本研究で扱う「ね」の種類今までの研究は「ね」を話し手と聞き手のどちらかの視点で意味を捉えるか、また、話し手と聞き手の間で共有されている情報の伝達の視点から「ね」の役割を探ろうと研究がなされてきたとまとめてもいいだろう。
佐治(1957)、渡部(1968) (宮崎2002)「ね」などが挙げられる。
また、日本語教育学で「ね」についての研究は大層(1986)、大嶋(1989)、斉藤(2008)などが挙げられる。
本研究で「ね」の機能をa同意要求、b同意受け入れ、c 確認要求、d 聞き手の発話に対する判断?意見?感想、e 聞き手の質問に対する情報(知識など新たな情報)、f 話し手の判断·意見·感想、g 聞き手への依頼?勧め、感謝、謝り?要望、h 話し手の質問という種類に分類し、データを分析する。
初対面日本語会話の話題開始部/終了部において用いられる言語的要素中井陽子キーワード話題開始部,話題終了部,情報提供者,協力者,言語的要素1.はじめに日本語非母語話者が日本で生活する際,初対面の日本語母語話者と接触する 機会は多いと考えられる.しかし,その際,談話能力の不足から,自分が意図 したことに反して,過剰によそよそしく見られたり、あるいは,なれなれしく 見られたりなどし,思わぬ誤解や印象を相手に与えてしまうことがある.初対 面では,人間関係がまだ十分に構築されていないので,会話をする際も様々な 注意を払いながら話題が進められていると考えられる.したがって,非母語話 者が初対面の出会いをより良い人間関係につなげていくためには,文法能力だ けでなく,いかに話し手/聞き手として会話に積極的に参加しながら話題を開 始し,終了していけるかという談話能力も必要であると言える(½ºòÕ¿¬±ÅÒ¿ó µ¿·Ãïççç,Ò¿µ¿·îððî,中井îððî,îððí¿) .そのためには,まず,日本語母語 話者同士の会話がどのように構成されているか探り,非母語話者のそれとの違 いを分析する必要があると言える.Õ¿¬±ÅÒ¿µ¿·Ãøïççç÷ では,このような点を考慮に入れ,初対面の母語話者同 士と母語話者/非母語話者が日本語で会話をする際,話題開始部及び終了部に おいてそれぞれがどのような言語的要素をどのように用いるのかについて比較 分析した.本研究は,そのような総合的研究を行った第一段階である日本語母 語話者の部分だけをさらに詳しく分析するものである.その際,初対面の日本 語母語話者の会話で起こる言語使用の現象を記述し,それがどのように用いら―――71れているかを検証し,その傾向を探る.なお,本研究では話題開始部と終了部 の間にある中間部は分析対象として扱わなかった.2.先行研究本研究は,南(1972,1983)の「談話」とザトラウスキー(1991,1993)の 「話段」の概念を採用し,話題としてのまとまりの区切れ目で話者がどのよう な言語的要素を用いているかを検証するものである.南(1972,1983)は,言 語表現における「一つの仮定的単位」として, 「談話」という単位を提案し,「連続性」「コミュニケーショ」「参加者(の一定性)」談話は,「切れ目(ポーズ)「話題(の一定性)」の6」「ことばの調子(の一定性)ン上の機能(の一定性)」つの基準で区切ることができるとしている.ザトラウスキー(1991,1993, 1998,2002)は,市川(1978)と佐久間(1987)を基に,南の「談話」の下位単「談話」と「話段」における始まり及び 「話段」という単位を分析し,位として,終わりで用いられる言語的要素について検証している.ザトラウスキー(1993: 72) では, 話段は 「話題・発話機能・音声面における特徴がある」と述べている. 本研究では,話題開始部及び終了部における参加の仕方を比較対照するた め,ザトラウスキー(1993:154)の情報提供者と協力者の区別を採用して分析 した.情報提供者とは,主に,情報提供に関する発話機能を用いる参加者のこ とを指す.例えば,注目要求,談話表示,情報提供,意志表示,同意要求,単 独行為要求,共同行為要求,言い直し要求,関係作り・儀礼,同意の注目表 示,自己注目表示等のような発話機能を用いる.また,協力者とは,情報提供 者に協力し,情報要求,言い直し要求,言い直し,関係作り・儀礼,継続,承 認,確認,興味,共感,感情,感想,否定,終了の注目表示等を用いて話段を 作り上げる参加者のことを指す .は,ザトラウスキー(1993)が分析したお茶会の誘いの談話における勧誘 の話段である.参加者Òは勧誘者であり, 「ïïÒあのね?(注目要求) 」 「ïéÒ(情報提供) 」等の発話機能を用いているので,情報提供 ええと、7月の3日。
致谢当开始撰写致谢便意味着学位论文即将告一段落了,值此之际,我想感谢这两年多来在生活和学习上所有给过我帮助的老师和同学。
首先,我要感谢我的导师王迈老师,刚开始选题的时候老师就给出了很多建议,到最后确定题目。
由于自身本科阶段非汉语科班出身,在刚开始写的时候也曾动摇过,但老师适时地给予了我鼓励和专业的建议,让我在写作的过程中慢慢有了信心。
其次在写论文的时候,由于自己学校图书馆的书目有限,自己想看的书籍学校图书馆并没有馆藏,这时候我就会寻找国内交大和复旦同学的帮助以及远在日本的同学的帮助,他们在百忙之中不辞辛苦地帮我借书。
在此过程中,朋友和老师给了我很大的支撑和帮助,也收获了纯真的友谊。
大恩不言谢,对于老师和朋友的恩情,感谢的词汇也显得很贫乏无力,我只有默默记在心里,让它变成以后遇到困难和挫折时的力量。
摘要结果补语在汉语中具有多样性的语义表达,其灵活性的特点也使教师感到难教,外国学生感到难学。
日语和汉语是不同类型的两种语言,在对结果义的表达上,二者的思维方式和结构方式也截然不同。
日语里没有汉语结果补语一一对应的语法结构。
日本学生在学习结果补语时,因其陌生的形式和意义,不易掌握结果补语。
结果补语在日常生活中使用频率非常高,若学习者不能有效地掌握结果补语的话,势必会产生交流上的困扰。
本文的正文分为五部分,第一部分介绍选题的背景、研究目的与方法。
目前对结果补语的研究主要集中在本体研究方面,国内外对有关日本人习得结果补语难点及其教学的研究并不多见,因此本文具有一定的实践意义。
本文旨在通过语言对比、语料分析以及问卷调查的方法来分析日本人习得结果补语的难点,并在此基础上提出教学方面的建议,就对日汉语结果补语教学提供参考。
第二部分主要分析汉语和日语两种语言中动作结果的表达方式及其异同点。
汉语的结果补语是“v+v/adj”形式充当,按照语义可分为动作的达成、施事者的变化、受事者的变化、动作的状态几类。
同时对照日语中结果义的不同表现形式,得出中日两种语言表达结果义时并不一一对应的结论。
11中国の大学における日本語教育の最近の動向堀口 純子1 はじめに1972年の日中国交正常化は中国に日本語学習ブームを引き起こした。
その動きを受けて、1980年に中国の教育部と日本の国際交流基金の協力によって在中国日本語教師研修班が設立され、中国における日本語教師の研修と日本語教育事業が進められた。
その後この活動の継続と発展を目的として1985年に北京日本学研究センターが設立された[1]。
同センターは引き続き全国の大学の日本語教師の養成訓練を担う日本語教師研修班のほかに、新たに日本語学、日本文学、日本社会、日本文化の4つの修士課程および博士課程コースを設置して運営してきたが、日本語教師研修班は2001年9月に解消して、在職の日本語教師を対象とした中国で最初の日本語教育の修士課程コースとしてスタートした。
これは、すでに大学で日本語教育に携わっている現職教員の日本語力と教授技術に加えて専門性も高めることを目指し、同時に学位社会に対応するために学位を授与することを目的としている。
このことは、中国で日本語教育に対する専門性が認識され始めたことを示すものであり、21世紀になって中国における従来の日本語教育に対して専門的な見地からの改革の必要性が議論され始めたことと、時期的に呼応している。
筆者は2002年3月から7月まで、上記の北京日本学研究センターで始まったばかりの在職修士課程日本語教育コース初年度の2学期目(春学期)を担当する機会を得たが、その間に、転換期にある中国の大学における日本語教育の議論に参加し、また実状を観察することができた。
本稿では、それらの中で特に強調されていたコミュニケーション能力の養成ということについて、それがどのように論じられ、どのように実践されているかということを取り上げる。
2 中国の大学における日本語教育中国の大学で開講している日本語科目は、専攻日本語と非専攻日本語があるが、専攻日本語を設けている大学は120校ある。
日语推量表达「そうだ」「ようだ」的教科书分析——以《现代日本语》《综合日语》《新编日语》为例赖菲菲【摘要】日语中表达推量的形式「(し)そうだ」「土うだ」①不仅在意思上非常相似,且二者皆可翻译成中文的“好像”.因此,日语学习者常常会受母语的干扰,造成许多误用.同时,日语教科书在对语法项目进行说明时,存在着依赖中文译文进行说明、例文过于简单机械、对于该语法项目的用法解释不充分等问题.文章通过对于现阶段福建省内日语专业主要使用的教材中出现的关于「そうだ」、「ようだ」的语法解说进行分析,针对其中存在的问题提出改善的建议和看法.【期刊名称】《福建师大福清分校学报》【年(卷),期】2016(000)001【总页数】6页(P82-87)【关键词】推量表现;教材;问题点;建议【作者】赖菲菲【作者单位】福建师范大学协和学院外语系,福建福州3501 17【正文语种】中文【中图分类】H36日语的句子是由命题和语气(モダリティ)两部分组成。
其中语气是说话者对命题的主观叙述方法。
语气所展示出来的基本要素是说话者在发话时的一种内心态度。
在语气的表达形式中,基于一定的观察、推定、传闻而进行的判断可以用「そうだ」「ようだ」「らしい」来表达。
这三者无论在形式上还是在意思上都非常相似,特别是三者翻译成中文时,都可译为“好像”。
日语学习者由于缺乏与日语母语者接触的环境,因而在学习过程中往往会受母语的干扰,难以掌握三者的区别和用法。
另一方面,许多以语法教授为主的日语教材,在对句型或语法说明时,依靠中文译文和简单机械的例句进行阐述,使学习者缺失了从具体的语境和场景入手来辨析它们的不同的机会,因而也造成了误用或混用。
如:「×ようだ→○そうだ」a.だんだん暗くなって、雨が降るようだ。
(→降りそうだ)「○ようだ→×そうだ」b.彼は技術の点で若い運動員に負けないが、体力について見る限り、全盛期は過ごしそうだ。
(→過ぎているようだ)市川(1997)『日本語誤用例文小辞典』语言学上关于「ようだ」和「らしい」异同的分析已在诸多先行研究中出现过。
日本語会話の教科書に対する現状及び短所の先行研究ー中級の日本語学習者(N2レベル)ー
“考えとはただ母国語と直接に結び付ける”という間違った認識の影響に受け、外国語教育はしばしば母国語という媒介を始終で行われる、多くの場合は、同様に日本語を勉強する過程は全部翻訳の教育方法を貫く。
しかも、英語教育の影響に受け、日本語の教育にも基本的に語彙をはじめとし、かつ語彙と中国語の翻訳に一対一で行われる、これによって日本語を学習する者は中国式の考え方を抜け出すことが出来ない。
例えば、学生さんは常に“べき”と“はず”が誤用され、それらの語彙はいずれにしても、翻訳する時の意味が同じだとの関係があると思われる。
中国語の表現は非常に鮮明であり、通常の場合は、リスナーはすぐに話し手の意図を把握することができる。
しかし、日本語の文法構造、表現方式及び表現の慣用と中国語の習慣には根本的な差異があるので、日本語が一番重要なのは述語の表現がセンテンスの後ろであり、限定語にも長い可能性があり、センテンスの中で、一連の停頓、接続、さらに実際の会話で曖昧、婉曲、省略の表現、及び突然に突っ込んだ他の内容などは、日本人学習者が日本語を理解することは非常に難しいと感じるようになる。
もし、日本語学習者は話し手の日本語を全部逐一に中国語に翻訳してから理解できるならば、それは時間差だけではなくて、しかも慣れない日本語の慣用により、話し手の意図をべったりしないで、単なる語彙を理解するうえで、聞いている過程で話し手の全体表現を捉えなかったが、聞いた後で、頭の中に全部癒着らしい言葉であり、やむなく、これらの言葉は当時の文脈を憶測及び再整理してから、最後に、話し手の意図が合わない回答を得られた。
特定の場合でも、聞き手も緊張などの原因により、単語すらも覚えていない、脳の中で真っ白になっている。
そして、日本語学習者が日本語を使って、表現する際に、固有な中国式の考えを日本語の考えのモードに切り替えることができないので、つまり、中国人の考え方と文化面の習慣により、日本語の表現方式に対して、直接に妨害され、硬い中国式の日本語を生まれたが、時々、言葉の意味が合わないだけではなくて、ある場合は、言葉の誤解で、経済損失ないしは紛争を招かれる可能性がある。
上記の原因を踏まえて、日本語会話の教科書に対しては、説明不足の部分を下
記の例で説明したいと思う。
①「ある」と「いる」の異なりである、普段では、中国語で「ある」と「いる」の区別がないであるが、でも、日本人に対してはこの二つを区別して使う。
簡単に言えば、「いる」を使うときに、人間だけではなく、魚や虫も「いる」を使わなくてはならないである、つまり、生きる者は全部「いる」を使う。
逆に、「ある」を使うときに、生きていないものは全部「ある」を使う、これは意識しないければならないことである、初めての時に“顧客さんは二名がある”と間違い使い方をよく耳にした。
教科書でこれについては、簡単で紹介しただけである、でも、中国人の言葉習慣によれば、常にミスを犯した、これはもっと注意したほうがいいではないか。
下記の例:“人口の大多数は朝鮮族であるが、ほかの民族もある=正解:(民族もいる)”。
②「~ている」の使い方の間違いである、「~ている」は「動作・行為の進行」と「状態の継続」に使う。
しかし、「動作の繰り返し」には使わないである。
中国人の言葉習慣から見ると、例1:新年や国慶節には、ふるさとへ戻って家族と一緒に過ごしている=正解:(過ごす)。
例2:ふるさとに帰るたびに「もし小さい時に戻れればいいが……」という気持ちを持っている=正解:(;気持ちになる)。
この例のヒント:「帰るたび」は繰り返しを表するから、「持っている」ではなく、「なる」を使う。
③敬語の間違いである、これは中国人にとっては最も厄介のところである。
「敬語を使わない間違い」よりも「敬語を使いすぎる間違い」が多く見られる。
日本語の習慣では、自分の家族や自分のことに敬語を使わない。
例1:私は私のふるさとがますます豊かになることをお祈りいたします=正解:(;祈っています)。
ヒント:「私のふるさと」なので、敬語は使わない。
例2:ふるさとに電話をかけると、いつも両親は「都会の生活は疲れるだろう」とおっしゃいます=正解:(といいます)。
④中国語を直訳してしまった間違いである、特に動詞の使い方を間違うことが多いようであり、日本語と中国語は同じ動詞を使っていても、少し意味が違うことがよくあるので、注意が必要である。
例1:ホテルに住む=正解:(;泊まる)。
ヒント:日本語の「住む」は長期間、そこで生活することを意味する。
例2:山を下がった=正解:(おりた)時、大雨が降ってきた。
例3:全国人民の絶えず努力のおかげで=正解:(絶えず努力したおかげで)、2008年のオリンピックは中国で開催すると決定した。
ヒント:「努力」だけでは動詞にならないが。
動詞として使う時は「努力する」である。
参考文献
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